書評

間違いなく最も感銘と衝撃を受けた一冊。乞食として生まれた少年の壮絶な半生に勇気をもらえます

たらこはこの本をカフェで読んでいたのだけれど、人目をはばからずに涙を流しまくって読了。
乞食の子

著者の壮絶な家庭環境

著者は乞食として生まれました。

父親は全盲、母親は13歳で父に”拾われた”重度の知的障害者です。そして弟の一人も重度の知的障害を持っています。

避妊を知らない両親は次々と子を産み、一時期は12人もの大所帯になります。
長男である著者は幼いころから一家を養う重責を負わされます。

雨の日であろうと冬であろうと、著者は物乞いに出かけて食べ物をもらい、それを家族に与えなくてはなりません。そんな辛い環境にもくじけず、前向きな文章に涙が止まりません。

外へ出ると雨は無情にも降り続いている。私は涙が出てきた。もう降らないで、降らないでくれ。進はどうしてこんな運命に生まれたのだ。天の神様はいったい自分を見ているのだろうか。ぼくがこんなに苦しんでいるのに、どうしてだれも答えてくれないのだ。のどをからして叫んでいるのに、どうしてだれも聞いてくれないんだ。だれか雨を止めてくれ。進はどうやって物乞いすればいいんだ。
不公平じゃないか。ほかの子どもは勉強ができるのに、神様はどうしてぼくをこんな目にあわせるのだ。どうしてぼくの身にばかり困難が降りかかってくるのだ。くやしい、くやしい!私はげんこつで地面をたたいた。ふん、ぼくを負かそうとしたってそうかんたんにやられやしないぞ。がんばって家族を守ってやる。いまに見てろよ。ぼくは絶対負けない。勝ってやる。運命に勝ってやる!

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最愛の姉が自分の学費のために女郎部屋に売り飛ばされる

著者はずっと風呂もトイレも寝る場所もない流浪生活を送っていました。
他の子供たちのように、温かい家を持つことと学校に通って勉強をすることが夢でした。

堀に沿って歩いていき正門まで行くと、鉄格子の向こうに教室のなかが見えた。子どもたちが机に座り、一人一人手に教科書を持って大きな声で本を読んでいる。外にいる私もそれについて小声で言ってみた。自分は住まいも定めず物乞いをして歩いている。学校で勉強ができる子どもがほんとうにうらやましかった。みんなはほんとうに幸せだ。ほんとうにうらやましい。それに引き替え自分はどうなのか。いつかあそこに座って勉強できることがあるのだろうか。私は父には聞けなかった。食べ物も満足に食べられないのに、学校に行きたいなどと言えなかった。

ある日、父親は大きな決断をします。著者を小学校に通わせるため、親戚の豚小屋を借りて定住することにしたのです。

著者は最愛の姉と抱き合って喜びます。しかし数日後、姉は父親によって女郎部屋に売り飛ばされたのです。

自分の学費のために大切な姉が苦界に身を沈めることになった苦悩は計り知れません。

一年後、たった10分間の再会が許されます。

姉は何度も嗚咽し、私も涙をこらえることができなかった。もうもどらないで、ぼくは学校に行かなくてもいいんだ。物乞いをしたり肉体労働したりすればみんなを養えるからと、私は姉に訴えた。姉は私の涙をふいて言った。
「進ちゃん、私の願いを聞いてくれると約束したわよね。どんなにつらくてもがんばるのよ。あそこのおつとめは私が望んで行ったの。むりやり行かされたわけじゃない、自分から行ったのよ。あなたがちゃんと勉強してくれれば、私にとっていちばんいい知らせだわ」

物乞いをして家族を養いながらの小学校生活

小学校では当然いじめられますが、著者はやり返すことはありません。ひたすら耐え、勉強とスポーツと芸術で一位を取ることを目指します。

とはいえ、日中は小学校に通い、下校後は遠くの街まで物乞いに行き、帰宅後は家族の介護をする毎日。幼い子供には重すぎる重責です。

一家心中を決意する小学生

前向きに見える著者ですが、何度も自殺を考えたと言います。
ある日、著者は一家心中を決心し、農薬を購入。最後に家族にたらふく食べさせてあげたいと、ご飯をたくさん炊くシーンがあります。

繰り返しますが、小学生です。こんなにも辛い思いをした小学生が他にいるでしょうか。

声に出して泣くことはできない。泣いてしまえば父に気づかれてしまう。心が痛くてたまらなかった。
熱いのもかまわず、かまの縁を両手で押さえつけ、音を立てるな、これ以上音を出すなと念じた。これ以上音を立てられたら耐えられない・・・さようなら、おとうちゃん。さようなら、おかあちゃん、そして弟や妹たち。ごめんね、ごめんね・・・ご飯が炊けたら心を鬼にして農薬を入れよう。と、瓶の蓋を開けようとした。
突然、姉の姿が目の前に浮かんだのである。姉が泣きながら女郎屋の男衆に連れ去られ女将に棒でたたかれている。次々客を取らされ、月のものが来たときでも休ませてもらえない・・・姉は私にこう言った。「進ちゃん、いいのよ。これは私が望んだこと」私は耐えられなくなって声を出した「ああ、ああ!」と。姉はみんなが生きるために犠牲になってくれたのだ。生きていれば望みはあると姉は言っていたではないか。なのに自分はいま何をしようとしているのか。どうしてこんなにひどいことができるのか。どうしてそんなことができるのか。

彼は一家心中を諦めた翌日、農薬を家に置き忘れたまま登校し、危うく知的障害の母と弟が飲んでしまいかねない事態となります。
家族の無事を確認した後の著者の言葉は、彼の責任の重さを物語っています。

授業が終わると、私はまっしぐらに家へ帰った。帰る道すがら心のなかで叫んでいた。おかあちゃん、財ちゃん、死んじゃだめだ。
家に入ってほっとした。母も弟もいる。二人はなんともない。私はかけていって二人を抱き、大声で泣き、農薬を飲んでいなかったことをよろこんだ。今度は父に見つからないように瓶を寝床の下から取り出すと、家の後ろの用水路に投げ入れた。瓶がぷかぷか浮きながら流れていくのを見つめ、ついに見えなくなったところで思わず膝をついた。心がしめつけられた。
もし家族が死んでしまったら私は生きていかれない。だが、もし私一人で自殺したら、だれがかれらのことを見てくれるのか。私はのしかかる責任の重圧に息もつきないでいた。将来がこのように長いとしたら、私はいったいどうやって歩いていけばいいのか。私は人に強いなどと言われたくない。勇気があるなどと称賛されたくもない。称賛されることがいった何の助けになるのか。だれか、もたれかかる肩を貸して、ほんの少し休憩させてほしい。だれか、進に少しばかりの力を貸してくれ。だれか、進がどうしたらいいか教えてくれ。

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姉の身体を楽しんだ話を耳にする苦痛

著者の最愛の姉は、著者の学費のために苦界に身を沈めました。
その姉の身体を楽しんだ輩の話を耳にしたときの著者の苦痛は想像を絶するものだったでしょう。

両手で耳をふさぎ、裏道へ逃げていき、地面につっぷして大泣きした。
ああ、ああ!私は空に向かって叫んだ。神様、あなたはいったい何を見ているんですか。
おねえちゃん、おねえちゃん。貧しい家のために体を売り、お金のある人間にこんなふうに踏みつけられている。これ以上の恥辱があるのか。これ以上の苦しみがあるのか。私は怒りで大地をたたいた。ナイフを手に取って姉を侮辱したやつらを八つ裂きにしてやりたかった。皆殺しだ!千にも万にも切り刻んでやる!
おねえちゃん、ほんとうにごめんなさい。みんな進が悪いのだ。進は学校になんか行ってはいけなかった。ほんとうに自分勝手な弟だ。

母親が自由に歩けることに感動

著者の母親と弟は、常に鎖でつながれていました。そうしないとフラフラとどこかへ出かけ、自分の力では戻ってこれないからです。目の不自由な父親は探すことができません。

現在、著者の母親は著者と同居し、自由に歩いて簡単な買い物に行くことができます。そんな当たり前のようなことが、彼らにはできない時代があったのです。

母はいま私たちと同居している。たまには自分の孫とけんかをすることもあるが、私の長年にわたる訓練で、いまでは近所の雑貨店で日用品を買ってこられるようになった。昨日、母はどこからか大きなゴミバケツを買ってきた。わが家ではこんなに大きなゴミバケツは必要ない。私は首をふっておだやかに彼女の間違いを指摘し、母もそれを認めた。だが、この間違いはなんと感動的なことか。もう鉄の鎖でつながれることもなく、母は自由に出歩くことができるのだ。いちばん大切なことは、母に雨風がよけられる自分の家があることだ。

著者が前向きに生きられた要因は何か、考えさせられる

これほど不幸な生い立ちの著者がなぜ悪の道にも進まず、絶望することもなく、前に進み続けることができたのでしょうか。

たらこは、三つの幸運があったからだと考えます。

+ 母親にかわって愛し、支えてくれた姉の存在
著者の母親は自分の産んだ子供のことがわかりません。しかし著者には自分を愛し、支えてくれた姉がいました。
姉は著者が7歳頃のときに13歳の若さで女郎部屋に売られますが、自分のせいで犠牲になった姉のために勉強をしなくては、という強い責任感が彼を頑張らせたのではないでしょうか。

+ 著者を小学校に通わせるという父親の決断
流浪の民だった著者の父親は、著者を小学校に入れました。この決断がなければ、著者の成功はありえませんでした。

+ 尊厳を認めてくれた小学校の教師の存在
物乞いをしながら小学校に通う著者を、教師はバカにすることなく認め、ことあるごとに助けてくれました。
彼は小学校生活で80枚もの賞状をもらいますが、それまで誰からも認めてもらえなかった彼にとって、認めてもらえることは生きる原動力になったことでしょう。

他人に助けを求めることができる素直さが大切

著者はいたる場面で窮地に陥りますが、そのたびに素直に助けを求めたり、状況を説明します。
その素直さがあったからこそ、彼に手を差し伸べる人がいたのでしょう。

ワーママが乞食の子を読むべき理由

著者の苦労(苦労なんて言葉では表現できない)に比べたら、仕事と家庭の両立がしんどいなんてへこたれている自分の悩みがちっぽけなものに感じます。

彼が食糧を手に入れられない日は、家族が飢え死にます。そして父親から激しく暴力を受けるのです。

そんな重責を担っていても、著者は前向きに生き、3時間睡眠の毎日でも勉強を続け、模範生となりました。

それを思えば、私たちはどれほど恵まれていることか。
もっと日々に感謝しよう、もっと自己研鑽しよう、そう思わされる一冊です。

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